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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(行ツ)65号 判決

上告人

高橋敬明

ほか五名

代理人

野口敬二郎

被上告人

東京法務局日本橋出張所登記官

坂本正夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人野口敬二郎の上告理由第一点の一および第三点の一について。

論旨は、原判決には商業登記についての法律の解釈を誤つた違法があり、また、大審院の判例に違反している、という。

商法一八八条二項、三項、六七条によれば、株式会社の取締役または監査役の辞任は登記事項の変更にあたり、会社はその登記をしなければならないことはいうまでもない。しかし、商法二五八条一項、二八〇条によれば、法律または定款に定めた取締役または監査役の員数を欠くに至つた場合においては、任期満了または辞任によつて退任した取締役または監査役は、新たに選任された取締役または監査役の就職するまでなお取締役または監査役の権利義務を有するのであるから、このような者については、退任による変更登記をしたままにしておくことは取引の安全の見地からみて適当なことではなく、退任者がなお取締役または監査役の権利義務を有することを登記公示することが必要であると解せられる。しかるに、法律においては、この特別な場合に関する登記公示について明文の規定を欠いているので、このような場合には、取締役または監査役の権利義務を有する退任者につき、登記簿上なお取締役または監査役の登記を存続させておくべきものと解することは前叙の見地からして合理的理由があるというべきである。従つて、取締役または監査役の任期満了または辞任による退任があつても、商法二五八条一項の適用または準用をみる場合においては、いまだ同法六七条に定める登記事項の変更を生じないと解するのが相当である。そして、以上のように解することは、利害関係人や一般公衆に対し取引上重要な事項を知らしめて不測の損害を防止することを目的とする商業登記制度の趣旨にもとるものではない。ところで、商業登記制度は登記事項についての法律関係当事者の利益のためにも存するものであることは所論のとおりであるが、前記二五八条一項所定の権利義務関係は退任による登記の有無に関係なく存続するものであること、そのような地位にある者について登記公示する必要があること等を併せ考えれば、上告人らがいま直ちに辞任による登記を受けることができないとしても、現行商業登記制度上やむをえないところである。原判決の確定したところによれば、訴外株式会社高橋商店においては、上告人らの同時の辞任により、取締役、監査役とも法律に定める員数を欠き、後任者の選任がされていない、というのであるから、前記商法二五八条一項の適用または準用がある場合にあたり、従つて、いまだ登記事項に変更がないと解し、本件登記申請を却下するのが相当であるとした原判決の判断は正当として首肯することができる。なお、所論引用の大審院判例は、この点については、前述したところからしてこれを変更すべきものである。

原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第一点の三および第三点の二について。

論旨は、原判決には登記官の権限について法律の解釈を誤つた違法があり、また、大審院の判例に違反している、という。

原判決によれば、本件登記申請により商法二五八条一項、二八〇条の規定する法律または定款に定めた取締役、監査役の員数を欠くに至るかどうかは登記簿の記載に照らし容易に審査することができ、従つて、本件においては登記事項に変更を生じていないものとして取り扱われる、というのであり、商業登記法二四条その他同法の規定に徴すれば、申請書、添付書類、登記簿等法律上許された資料のみによるかぎり、登記官は前記のような事項についても審査権を有するものと解される。従つて、本件においては、結局、登記事項に変更が生じておらず、前記二四条一〇号に規定する登記すべき事項につき無効の原因があるときに準じ、本件登記申請を却下すべきが相当であるとして、本件却下処分を維持した原判決の判断には、登記官の権限についての所論のような違法は存しない。なお、所論引用の大審院判例は本件には適切ではない。

論旨は理由がなく、採用することはできない。

同第一点の二について。

論旨は、原判決には確定判決の効力について法律の解釈を誤つた違法がある、というが、原判決の引用する一審判決の所論の点に関する判断は所論確定判決の内容、商業登記法の規定等に照らし正当として首肯することができる。論旨は理由がなく、採用することはできない。

同第二点について。

論旨は原判決には理由不備の違法がある、というが、原判決における所論判示の前後の判示をも併せて勘案すれば、所論判示の趣旨とするところは、本件の場合上告人らの退任は商法、商業登記法に定める登記事項の変更を生ずる場合の退任にあたらないというにあるものと解せられ、かつ、そのような判断の根拠も前後の判示から十分に理解できるから、原判決には何ら所論の違法は存しない。論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

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